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つれづれ草

 ここでは業務の内容とは別に、気楽にお読みいただけるような、日々の出来事やその中から感じたことを少しづつ書いております。
よろしければ、箸休めのような感覚でお読みください。

大震災に思う

 昨年の東日本大震災から一年半が過ぎた。大自然の圧倒的なエネルギーの前に、人類は何と無力なことか。千年に一度の巨大地震というが、まさか自分が生きている内に遭遇するとは思ってもみなかった。多くの人が放心し言葉を失った。私も今まで投稿する気力を回復できなかった。
 この間原発事故という未曽有の災害も発生した。娘たちも関西の親戚に避難した。一体日本はどうなってしまうのかという、初めて経験する恐怖を味わった。唯一の被爆国の日本に、今度は原発事故。嗚呼、何で日本はこんなに核の脅威に晒されるのか。神が敢えて選んで試練を与えているのか。まるでユダヤ民族のように。

 原発安全神話が崩壊した衝撃は大きい。しかも本家本元の東京電力で起きたのだから。今後、原発は危険なものだという基本認識を持たざるをえない。日本の原発はみな海岸沿いにある。今回のような巨大津波に遭えば、ひとたまりもない所が多いだろう。女川原発がかろうじて助かったのは、幸いにも高台にあったからだ。また福島の悲劇があそこで持ち堪えたのも、いくつかの偶然が幸いしたようだ。何しろ使用済み核燃料プールが崩壊せずに済んだのだから。
 原発依存度は今後抑制して行かなければならない。これは原発事故を経験した国民のコンセンサスである。本気度が試された今夏の関西の電力問題は、結果的に原発を再稼働させなくても乗り切れた。やろうと思えばできる。課題としてよく取り上げられるのは、化石燃料では電力料金が高くなるということである。しかしながら、使用済み核燃料の再処理にかかる費用は莫大だと聞く。その費用の多くは国が負担しているのだろう。結局税金に跳ね返って来るのである。表向きの電力料金だけで議論するのは極めて無責任である。原子力政策は入口から出口まで一連のものであり、トータルでコストを考えないと、国民を欺くことになる。
 私が最も問題視するのはこの点である。いろいろな議論を見聞きする時、使用済み核燃料をどうするのかという問題に、みな余り熱心ではないように見えるのである。熱心ではないというよりも、それに正面から向き合ってしまうと全く身動きが取れないので、できるだけ受け流すようにしていると言うべきかもしれない。
 日本の原発政策は重度の便秘状態である。当初の本音としては、とりあえず原発を見切り発車しておいても、その内にいい再処理技術が確立されるだろうくらいのものだったのではないか。しかしながら期待したほど技術は進まない、遂には地中深く埋めてしまおうかということになる。これではいつの日か、後世の子孫たちに呪われる時が来るだろう。

 そうは言っても切実な喫緊問題として、海外の電力料金が安ければ国際競争力が落ちるのも確かである。産業用には、経済的な電力の供給が必要である。それではどうするか。私はまず、家庭の電力は再生可能エネルギーでまかなうようにするのがいいと思う。可能な限り自家の屋根で。そのためには、2〜3年程度集中的に予算をつけて、費用の半分を補助するくらいのことをすべきだと思う。それで割りを食うグループも出て来るが、その次はあなた方の番だということであれば、それでは我慢しようとなるだろう。「いつまで待てばいいのか?」政治はそうした時間的な行程表を明示し、メリハリのある予算配分をすべきだ。これまでのような総花的な予算編成は、なるべく敵を作らないというようなものでしかなく、結局のところ選挙目当てと言われても仕方がない。この国難を乗り切るためには、全員がハッピーになる政策など有り得ない。過半数の賛成があれば、果敢に決断すべきである。
 こうして再生可能エネルギーへの依存度を上げて行く。原発は残すにしても研究用程度にする。時間がかかっても、それが日本の進むべき道と信じる。報道では、電力業界の利益の9割は一般家庭で稼いでいるという。そのようなドル箱を業界は簡単に手放すはずはないだろう。しかしながら時代は大きなうねりを生んでしまった。国民の意識は変わった。大震災を契機に日本は、否、世界は新しい時代に入ったと言える。

 究極において、人類がコントロールできないようなものは使ってはならない。必ず神の怒りに触れることになる。原発ゼロは核の脅威を二度も経験した日本民族の悲願としなければならない。
 今後の日本の成長戦略のキーワードは「再生」である。山中伸弥教授が再生医療でノーベル賞を受賞したのは極めて象徴的である。再生医療と再生可能エネルギー。これで日本が世界をリードして行ければ、日本民族が選ばれた民であったのだという証にもなるだろう。

欧州旅行記

テムズ川にて
テムズ川にて
セーヌ川にて
セーヌ川にて
 平成22年の夏休みの家族旅行は、自分たちで企画して一週間程度パリとロンドンに行って来ました。欧州は二十数年ぶりですが、この両都には、それだけの時間の流れによる変化も吸収してしまうほどの歴史と伝統があります。パリからは鉄道でユーロトンネルを通ってロンドンに向かいましたが、所要時間は2時間台で、改めてその近さに驚かされます。
 酷暑の東京から辿り着くと、両都は高原のような涼しさでした。特にロンドンは肌寒いくらい。モスクワでは歴史的な猛暑が続いていたので心配でしたが、何よりでした。高2と中1の娘たちは、時差ボケで数日は大いに不平を訴えていました。親としては、「もう少し感動してくれよ!」という気持ちです。

 今回の旅行で改めて感じたこと。それは日本の「おもてなしの心」の素晴らしさです。欧米では個が重視されます。個々人は自分の仕事をしていればよく、他人の職分には干渉しないようにする。と言うか、余り関わりたくない。
 ベルサイユ宮殿でのこと。涼しいとはいえ、日が射すと汗ばむ陽気の中、観光客は長蛇の列。ようやく宮殿内の入場券窓口に辿り着くと、四つある窓口の内開いているのは二つだけ。バカンスで人手が足りないのか。それにしても、最も人気のある観光スポットなのだから、もう少し観光客に配慮がほしい。
 パリのマクドナルドでのこと。夜も遅い時間ですが、客は結構並んでいます。しかしながら店員はマイペースです。もっとテキパキとこなせないものか。
 パリ北駅でのこと。ロンドン行きの国際列車ユーロスターの始発駅です。夕方4時半頃の出発ですが、手続が遅れて一時間以上並んでいました。5時になりました。長蛇の列の内の一列がこちらに流れて来ました。定時になったので、英国入国審査官の一人が窓口を閉めてしまったのです。それなら事前に注意喚起すればいいのに。
 ハロッズでのこと。言わずと知れたロンドンの最高級デパートです。開いていた仕切り扉にもたれて家族を待っていました。ところが扉が動き出して閉まってしまいます。あわてて店員に知らせると、「仕方がないわ」で取り合ってくれません。結局通路は半分閉まってしまいました。
 欧米では個人の権利意識が高いことは承知しています。公務員や公共機関もストライキをしますし、国民もそれに伴う不便を甘受しているのでしょう。お互い様だと。でも何かギスギスしていませんか?
 「おもてなしの心」、それはお客様に満足いただけるように、全てお客様のことを第一に考えて接すること。たとえ自分の職分ではなくても適切に対処して、お客様に失望を抱かせないこと。今、日本の接客態度は世界で注目を集めています。どのようなビジネスの場面でも、この「おもてなしの心」を実践して行けば、必ず商機は訪れると思います。

 外国に出てみると日本の底力に改めて気付くことがあります。大リーグはかつて雲の上のような存在でしたが、日本選手でも十分やっていけることが証明されました。かつて印象派の画家たちを魅了した浮世絵のように、アニメは今やジャパン・クールの代名詞です。クリーン・清潔も日本の強みです。地下鉄に乗れば一目瞭然です。洗浄便座には外国人も驚嘆しています。
 欧米に行くとどうも日本人は萎縮してしまいがちです。井の中の蛙と思っているかもしれませんが、大海に出てもすぐに渡り合えることに気付くはずです。英語などブロークンで十分です。英国の語学学校の先生もかつて言っていました。「外国人が英語を母国語のように話そうとすると、かえって聞き取りにくい。ブロークンでいいんだ。こちらもそのつもりで聞いているから。」同じことがつい最近の新聞にも書いてありました。受験英語は「まず文法」ですが、それが会話で萎縮してしまう日本人を量産している元凶だと思います。今回の旅行で、長女も少し自信を取り戻せたかも。

お 蔭 様

 風薫る五月。私はこの新緑の季節が好きです。溢れかえる若葉に接し、こちらも生命力を分けてもらえるような気分になります。黄金週間に亀戸天神に出掛けましたが、藤の花も満開で、その芳香に多くの昆虫が引き寄せられていました。この昆虫の世界で気になることがあります。蜜蜂が集団で失踪してしまうことです。環境に何らかの異変が起きているのでしょうか。蜜蜂が減少すると受粉に影響が出て、果実が実らなくなる恐れもあるとのことで、蜜蜂の盗難騒ぎまで起こるほどです。

 植物は何故自分で受粉できないのでしょうか。花粉が風に吹かれて飛散しやすくなれば自然に受粉すると思うのですが。何故昆虫に受粉してもらい、見返りに蜜を提供するのでしょうか。嗚呼、そうか!それは神があえてそのようにしたのです!自己完結的に成長させてしまうと、他の存在などどうでもよくなってしまいます。相互依存させればお互いの存在を大事にします。

 これは人間社会にもあてはまります。商売でも「お蔭様」が大切です。「売り手よし、買い手よし、世間よし」は近江商人の経営理念です。最近のようにデフレが続くとこうした良識が廃れ、乾いた雑巾をまだ絞るようで、それこそ「生かさぬよう、殺さぬよう」という封建時代のような有様です。こうした自然の摂理に反した時代が長く続くはずはありません。世界的に見ても強欲資本主義が破綻したのは自明のことだったのです。

 昆虫たちの興味深い観察結果をもう一つ。蜜蜂や蟻といえば「働き者」というイメージですが、実はその集団で働き者なのは三分の一で、三分の一は怠け者、残りの三分の一はどっち付かずなのだそうです。それでは働き者だけを集めて集団を作ったらどうなるかというと、やはり同じ結果になってしまうそうです。これは実に面白い現象です。全員が働いてしまうと集団が疲弊してしまうのでしょうか。無用のように見えても用があるのでしょうか。何やら老荘思想を体現しているようではありませんか。

 人間社会に当てはめてみましょう。四番打者級の選手ばかりを集めたような野球チームが最強であるわけではありません。やたらにスター選手を集めた「銀河系軍団」がサッカーで優勝するわけではありません。集団においては人それぞれに適した立ち位置があるのです。意図的に怠けるのは困りますが、適材適所とならずに本来の力を発揮できず、不遇をかこっている人材は少なくないのではないでしょうか。経営者は適材適所に意を用い、従業員もそれに応える。これも「お蔭様」というものでしょう。

天職ということ

 歴史の流れは偶然なのか必然なのか。世界史的に見ても同じような時代に同じようなことが起こります。紀元前後東西に出現した大帝国、西のローマに東の漢。文化も隆盛を極め、歴史書にも同じような傑作が世に出ました。プルタルコスの『英雄伝』と司馬遷の『史記』。ともに後世に与えた影響は計り知れませんが、取り上げている人物像の多彩なことでは、『史記』の方が抜きんでています。名も無き人物の行動にもキラリと光るものがあります。

 司馬遷は宮刑に処せられ、人生のドン底を経験しました。そこから見た世界は今までとは全く異なって見えたに違いありません。「英雄とは無縁の人々にも、宝石のように輝く一瞬がある。それを記録に留め、後世の人々に勇気を与えよう。」きっとそう思ったのではないでしょうか。

 時は紀元前550年頃の春秋戦国時代。斉の荘公が家臣の崔杼に殺されました。斉の史官は「崔杼、荘公を弑す」と記録しました。「弑」には非難の意味が込められています。崔杼は史官を殺してしまいました。弟が後を継いで史官になりましたが、やはり同じように記録しました。崔杼は弟も殺しました。末弟が後を継ぎ、同じように記録しました。崔杼はそのままにしておきました。

 この一節に私は大いに感動しました。一族の命を懸けてまでも官職の誇りを守ろうとした無名の人間たちの倫理観と使命感の崇高さ、そしてそれははるか古代のことなのです!昔の中国人がいかに偉大であったかがわかります。司馬遷は同じ史官として、仰ぎ見るような思いでこの話を取り上げ、誇りを取り戻し、自戒の念も込めて後世の史官の範としたかったのでしょう。

 翻って現代。職業選択の自由の世の中で、わが職業を天職と心得て、その誇りを命懸けで守ろうとしている人は、一体どれほどいるのでしょうか。科学は飛躍的に進歩し、世の中は限りなく複雑になる一方ですが、人間というものだけはホメロスの時代から変わっていないと言われます。私も自戒の念を込めて『史記』の史官を範としたいと思います。

阿修羅展

 東京国立博物館の阿修羅展に行ってきました。「天平の美少年」との対面は、実に30年ぶりでした。よくぞここまで表現できたものだと、改めて感心してしまいます。
三面六臂の特異な形をしていますが、NHKの番組で、ある解説者が「三面は阿修羅の成長過程を表現したもの。正面左脇の子供の顔は反抗的で、右脇の少し成長した顔は苦悩の表情、正面の少年の顔は喜びの表情」と言っていました。阿修羅はインドでは戦いの神でした。それが仏教に帰依したわけですから、三面は悟りの境地に達するまでの過程を表現したものとも解釈できます。

 阿修羅同様に感銘を受けるのが、東大寺戒壇院の四天王の一つ、広目天です。
イタリアルネサンスに先立つこと700年余り、わが国では既にこれだけの写実的で精神性豊かな芸術が花開いていたのですから、もっと世界に誇ってもいいのではないでしょうか。